■仏教では感情を人格化しない


ヒンドゥー教では「ブラフマンは創造する。それからシヴァという神は破壊する」と、きちんとふたつに分けて考えています。人間の感情や行動などすべてには神が宿っている、とヒンドゥー教では信じられていますから、そういうふうに神の世界もふたつに分けて考えるのです。

キリスト教などでは、愛情を人格化して「神」というし、憎しみや嫉妬や怒りを人格化して「悪魔」といいます。そうすると、人間は「やっぱり神さまを拝まなくては」「悪魔と戦わなくては」というふうに、何かを頭の中で想像して、イメージをつくって行動します。それで「神はいるか、いないか」「悪魔はいるか、いないか」と、いろいろなことを考えたり哲学したりして、時間を浪費しているのです。このように感情を人格化すると、話としてはわかりやすいですが、実践は不可能です。問題を具体的に見ることができません。

ですから仏教では、人間の感情を人格化しません。最初にわかりやすくしようと考えて人格化してしまうと、人間は結局「そういうものは自分とべつに存在しているのだ。自分は誘惑されているだけだ。自分は悪くない」と他人のせいにして、自分を「いい子」にしてしまうのです。「私が悪いのではない」という態度を取るのです。そういうふうにして、自分の心を見ることを避けようとします。そこから大きな間違いが起こるのです。したがって、「人間の感情を人格化しないように気をつけて、科学的に分析してみなさい」と、仏教では教えるのです。

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